ひつじの説明書。

ーヘルス・本・イギリスのいろいろを発信ー

グルテンフリーで炎症オフ


わたしは難病になる前から、グルテンフリーという食事法を実践しています。

「グルテンフリー」は最近ではよく耳にする言葉になってきました。

 

グルテンフリーは、小麦などに含まれている「グルテン」というたんぱく質を摂取しない食事法のこと。

グルテンはパンやパスタなどのモチモチ食感を出す成分ですが、人によってはアレルギーを起こしたり、身体にさまざまな不調をもたらしたりすることもあります。

 

わたしは、以前副腎疲労外来のあるクリニックに勤めており、そこでこの食事法を知りました。副腎疲労とは、腎臓の上にある豆のような臓器「副腎」が疲弊している状態。副腎皮質ホルモン「コルチゾール」の分泌が少なくなることで、疲労感や頭痛、めまいなどさまざまな不調がでてきます。

 

この副腎疲労に効果がある食事法として知り、当時疲労感が強かったわたしはグルテンフリーを普段の生活に取り入れることにしてみました。

 

当時はグルテンフリーが広まっていなかったので、とにかく食材探しが大変。

とにかく主食をパンからご飯へ、おかしは和菓子に。

おいしいモノは大体小麦が使われているので、本当に苦労しました。

実践していくうちに、肌荒れがなくなり、疲労感も軽減した実感はありました。

 

そして難病になり、どんな食事が良いのか調べていたら、グルテンフリーはやはり抗炎症に役立つとのこと…。

とくに注目されているのが身体の入り口である「腸」の炎症。

グルテンに含まれる「グリアジン」という成分、グリアジンが分泌促進させる「ゾヌリン」が関係しています。

ゾヌリンは腸の細胞間を開く役割があるのですが、小麦を摂取し続けると細胞間がゆるみっぱなしで不要な未消化物や細菌などが入ってしまうとのこと。

そうなると、その排除のためつねに免疫が働いており、ずっと炎症を起こし続けてしまうのだそうです。

この状態を、「腸漏れ症候群(リーキーガット)」といわれています。

 

自己免疫疾患の方は、リーキーガットの方が多いともいわれており、海外では抗炎症の食事ではまず第一にグルテンフリーが挙げられています。

病気前はとくに劇的な症状の変化はありませんでしたが、SLEになってからはピザを食べるとほとんどの場合、次の日関節が腫れてだるくなります。

 

でもやっぱりたまには食べたい!ということで、完全オフにはしていません。

クリニックで患者さんに指導していた際も、70%程度できればOKと話していたので、週末だけ好きなものを食べるなどゆる~くグルテンフリーを楽しんでいます。

この方法で症状ともバランスがとれているとおもいます。

ダイエット法も大切ですが、やっぱり食事は楽しさも大切。

シビアにやりすぎてストレスを溜めるのであれば、週末に特別おいしいパスタを食べにいくとかそういった感じで上手く付き合っていければいいのではないかとおもいます。

 

わたしの場合はストレスを感じましたが、かなり体調が変わった方はグルテンフリーの方が気分が良いといって、ストレスなく自然と100%グルテンフリーを実践している方もいます。

自分が継続しやすい割合で、グルテンフリーをすすめていってみてください。

 

ただし、グルテンの遺伝性不耐症である「セリアック病」や、重度のアレルギーがある方は、100%オフする必要があります。

 

疲労感が強い方や原因不明の不調がある方は、もしかしたらグルテンが原因かもしれません。また自己免疫疾患で食事を注意したい方は、ぜひ試してみてください。

主食やおかしを変えるだけでも、身体に変化がある方もたくさんいるので、まずは2週間やってみるのがおすすめですよ。

わたしのリハビリバディ!

わたしは昔は、けっこう運動することが好きでした。

中高は運動部に所属し、看護学校ではフットサルサークルを作って男女混合で試合に出たりして、スポーツ漬けの毎日を送っていました。

 

大人になってからはたまにジムへ行ったり、友だちとヨガへ行ったりしていましたが、病気になってからは今までできていたことができなくなり、関節痛や筋肉痛で運動量が激減。退院したばかりの時は、筋肉が完全に落ちていて、数歩歩くだけで息が切れるぐらい衰えていました。

 

うーん、いままでの自分に戻りたい。

健康的な筋肉をつけたい。

そう思っていたところに助けてくれたのが愛犬のフィッツ。

実は母のがん治療の際に少しでも楽しい気分になるように買った犬ですが、母の死後わたしや夫のメンタルを癒してくれたのがフィッツでした。

 

母のときはあんまりよい効果がなかったのですが、入院中の夫を癒してくれたり、退院後強制的に犬の散歩に連れ出してくれたりしたおかげで、家族にかなり貢献してくれました。

 

フィッツはテリア犬なので、かなりアクティブ。

30分以上は散歩が必要で、最初はしんどかったですが、一週間もしたらペタンコだったお尻に肉が戻ってきました。

 

フィッツがいなかったら、家に引きこもりっきりで、きっと仕事にも復帰できていなかったでしょう。

ほんとうに感謝しています。

 

いまでは家大好きの夫を外に連れ出すのに、一役買っています。

夫はフィッツにかなり甘いので、犬を理由にすればすぐについてきます。

 

犬がいることで、家族は健康的に機能しているような気がします。

カラダもココロも、彼がいなかったら疲れ果てていたでしょう。

いまでは我が家に欠かせない存在です。

 

リハビリや運動を習慣にする際は、誰かいると継続しやすいですよね。

犬のほかにも、友だちを誘って一緒にやれば自分の意志ではやめられないので、自然と楽しく続けられる気がします。

 

なかなかリハビリや運動習慣が続かない方は、リハビリバディや運動パートナーを作るのもおすすめですよ。

まわり道の先にあるもの。


先日SLEの方たちの「まわり道」を取材しているdetour_s_sleさんから取材を受けました。

 

SLEを発症した経緯やそこで変わった考え方、将来のことなど、さまざまなことを聞いていただき、答えていくうちにほんとうに一本道ではなかったんだなと実感してしまいました。

 

人生のなかでは、思ったように一本道を歩いて到達するということが少ない気がします。どこかで失敗したり、挫折したり、そこで立ち上がってまた歩き始めたり。

ストレートに一直線で行けたらそれはそれでかっこいいけど、挫折したときに感じる感情や歩き始めるときに決意した思いなどを経験することはできません。

まわり道した分、得るものはたくさんあるとおもうんです。

 

またアニメの話になってしまうのですが、わたしの好きな漫画・アニメ「HUNTER×HUNTER」で主人公ゴンの父・ジンが息子に言うセリフのなかで印象に残った言葉があります。

 

道草を楽しめ、大いにな。ほしいものより大切なものがきっと転がっている。

 

なにか達成した結果よりも、そこに至るまでのまわり道で何を得るか。

そこには人生で大切なものだったり、未来に生かせるヒントがあったりします。

まわり道は予定外かもしれないけれど、実はそこが物事の本質だったということもあるでしょう。

 

わたしは母ががんになった際にがんに効く自然療法をたくさん調べて、実践しました。母には効果がなくて無駄だったとおもっていたのですが、その後その知識はわたしの病気回復に役立ちました。また、わたしが療養中に失敗したり、挫折したりしたことで、より生きやすい考え方に気付くことができ、いまではヘルスコーチでほかの方のサポートにも生かされています。

 

「まわり道」をすることは、より学ぶ機会が増えること。

より厚みのある人間になれること。

 

「まわり道」。大いに楽しんでいきましょう。

スマホ人間。


最近SNSする頻度が多くなってきたら、増えてきたのがスマホの利用時間。

スマホってどうしても使い始めると、何時間でも見ていられますよね。

人の好奇心を掻き立てられるようなコンテンツが満載で、わたしもどっぷりその戦略にハマってしまっているところです。

 

最近どこにいっても、スマホをいじっている人をみかけます。

とくに日本にいたときは通勤時に電車待ちや電車の中をみると、みんなスマホを見つめている姿。なんかなんとも言えない不思議な気分になりました。

同じ体勢を取っている姿は、子供の頃には見られなかった光景です。

どこへいくにもスマホを持ち歩き、人によっては家のトイレにまで持ち歩くことも。すぐそこのコンビニに行くときでさえも、忘れたら取りに戻ることもあります。

 

この世は、スマホ含めデジタル機器に侵略されているのではないかと思えるくらい、スマホに生活を支配されている状態。

わたしも、スマホをつねにそばに置いているひとり。

SNSを見たり、仕事のメールを見たり、調べたり、レシピを開いて料理したり、アラームをセットしたり、ネットサーフィンしたり、計算したり。

スマホが生活の大部分を占めているのは、間違いありません。

 

この状態、なんだか以前に小説で読んだ「コンビニ人間」を思い出しました。

 

コンビニ人間は、社会にうまく適応できないコンビニバイト歴18年の女性のおはなし。

コンビニ食を毎日食べて、夢の中でもレジ打ちしており、コンビニのバイトをやめてもコンビニ的生き方をやめられず、心も体もコンビニに支配されているストーリーでした。

まさにつねにスマホをいじっている現代人は、「スマホ人間」になりつつあるのではないかとおもいます。

 

以前はスマホの使用時間は気にしたことがありませんでしたが、病気になってからは少しずつ減らすようにしました。

スマホを使うことで関節への負担や、SNSによるストレスの増加、ブルーライトによる睡眠不足など、デメリットが多いということがわかったからです。

たしかにスマホは欲求を満たしてくれるツール、でもそれ以上にキャパオーバーの情報量で知らないうちに身体に負担をかけているということも忘れてはいけません。

 

ほんとうにドラッグのような存在です。

 

仕事などの関係でSNSを使う頻度がどうしても多くなってしまうので、完全にスマホなしにすることは現状難しいですが、やはり節度をもったスマホの使い方をしないとなとおもいます。

 

やはり眠る前のスマホ利用が身体にこたえるので、最近では寝る場所にはスマホを置かず、違う部屋で充電するようになりました。そうしたことで、睡眠時間がかなり伸びるようになりました。

 

また、近場であればスマホを持たずに行ったり、1日電源を落としたりして、デジタルデトックスを取り入れるようにしています。

 

便利なスマホですが、使い方によっては身体に負担がかかることもあります。

日常をスマホに支配されないように、付き合っていけると良いですね。

 

失敗も案外悪くないんじゃない?


わたしは人より失敗が多い人間だと自負しております。

昔から最初から上手くできなくて、何回も挑戦してやっと普通の人に並ぶくらい不器用なタイプ。

昔はそれがコンプレックスで、自分はなんでこんなにできないんだろうと人と比べて悩んだものです。

 

病気になってからも、けっこうやらかしています。

まぁ不可抗力なところもありますが、病院で車いすでトイレが間に合わなくて漏らしたり、点滴や尿フォーレを自己抜去したり、脱走しようとしたり(精神症状出てる時ですよ)、恥ずかしいことばかりやらかしてきました。

 

でも、最近そういった失敗も人の役に立っていることがわかりました。

同じ疾患の患者さんとかにはなすと参考になりますとか、そういう可能性もあるんですねとか言ってもらえると、当時の自分が救われた気がしますww

 

自分もだれかの失敗談を聞くと、わたしだけではないんだとか、気をつけなくちゃとか思うことが多いので、誰かの役に立つのであれば恥ずかしい失敗談でもどんどん出していこう!とおもえます。

 

そういえば、看護学校時代のゼミの先生にたくさん失敗談を話してくださる先生がいました。先生の失敗談はけっこう派手なものが多く、覚えているエピソードとしては「輸血を運んでいた際に何かの拍子で輸血を破裂させて、血まみれにしてしまった」なんてことがあり、その話を聞いてから輸血を扱うときに毎回気を付けるようになりました。

 

先生は失敗談をたくさん話してくれたので、先生でこんなに失敗してるんだから、わたしたちでも看護師になれるとおもわせてくれようとしていたのかもしれません。

 

失敗談はたしかに人生の汚点にもなりますが、ときにはほかの人を勇気づけてくれるものでもあります。恥ずかしいことがあったからと言って、自分を否定することはないと気づけるようになりました。

 

失敗してもそれは決して無駄にはならない。

自分の知らないどこかでその失敗は生かされていきます。

失敗したばかりのときは恥ずかしさMAXでも、時間がたてば笑い話になったり、成功につながる一助になるかもしれません。

 

まさか、あの恥ずかしいエピソードが誰かの役に立つとは…

わたしも驚きです。

 

この失敗が未来の自分や他人の役に立つと分かったら、失敗することが怖くなくなりました。たしかに失敗すれば、当然がっつり落ち込みます。

その感情は否定せずに1日落ち込み倒したら、次の日は前を向くようにしています。

 

これからも成功談以外にも、失敗談なども話していけたらなと思います。

恐怖感を与えてしまうこともあるかもしれませんが、気を付けようとか、こうしたらいいかなとか、思っていただけたらうれしいです。

 

 

葬送のフリーレン「ヒンメル」から教わったこと。


葬送のフリーレン、先週で終わってしまいましたね。

すごくあのゆるーいやりとりや、それぞれのキャラクターのどこか抜けている感じがクセになり、毎週同じエピソードをリピートして見てしまいました。

平和なアニメの割には、戦闘シーンは迫力があり、そこのギャップにも惹かれます。

ほんわかフェルンが戦闘するシーンも良いですし、無表情ですごい魔法を繰り出すフリーレンは圧巻です。

ぜひぜひまだ見ていない方にはおすすめのアニメです。

 

さて、こんな気が抜けるアニメでありながら、端々で人生において大切なことを教えてくれるぽろっと言ってくれる人気キャラクター「ヒンメル」。

もうすでに死んでいるというのに、アニメでの存在感は絶大です。

毎回回想シーンで1分ぐらいしか出てこないのに、口から出てくるひとつひとつの言葉は胸にくるものがあります。

 

今回は、ヒンメルがぽろっと話していった言葉を紹介したいと思います。

 

僕はね、終わった後にくだらなかったと笑い飛ばせるような楽しい旅がしたいんだ

 

かき氷を出す魔法を見せるフリーレンに対して、「くだらん!」というアイゼン。

そこでこのセリフを口にします。

 

何事も目的地にたどり着くまでの過程が大事ということなのかも。

楽しくない旅よりは、楽しい旅、回り道しながらでも最後楽しかったと思える旅が良いってこと。人生も最後に「あぁくだらなかったけど、楽しかった」と思えたら1番最高だなと感じました。

 

心の支えが必要なのは子供だけじゃない。悪い気分ではないだろう?

 

風邪を引いたフリーレンを看病している際に言ったセリフ。

 

大人だからといって、何でもできるわけではない。

大人でもときには寄りかかりたいときもある。

いまの大人の心をそのまま表してくれている気がして、すごく胸に刺さった言葉でした。

 

ほんの少しでいい。誰かの人生を変えてあげればいい。きっとそれだけで十分なんだ。

 

フリーレンがヒンメルに「人に覚えてもらえるにはどうしたらいいの?」と聞いたときのセリフ。

 

わたしは話のながれとはちがう風に捉えていました。

メンタルコーチとして活動し始めたわたしにとっては、誰かの人生を変えてあげたいという気持ちが強くあったけれど、それはかなり傲慢な考えだったのかもしれません。

ほんの少しその人に関わることで、少し方向を変えてあげる、小さな影響を与えてあげる、それだけでいいのかもしれない。

大きなことをしようとする必要はない。

少し良い影響を与えてあげるだけでいいんだと、考えるようになりました。

 

ほかにも、印象に残るセリフはたくさんあります。

声優さんの話し方でしょうか。

とても胸にくる言葉ばかりなので、ぜひヒンメルの言葉に注目してみてください。

 

アニメや漫画のセリフって、ほんとうに人生を豊かにしてくれる、大切なことを教えてくれる言葉がちりばめられていて、大人になってから人生の指針を示してくれことがたくさんあります。

 

大人になってもう卒業するものだと思っていましたが、ストレートでド直球の言葉が大人になってから胸に刺さることもあるようです。それだけいろいろ辛い人生の経験を積んだってことですかね。

 

とくに療養中で暇な方には、暇つぶしにはアニメ・漫画はおすすめ。

ときにはキャラクターの言葉や行動がエネルギーをくれることもあり、引っ張り上げてくれることもあります。

 

人生の指針がほしいときは、アニメや漫画を見るのも悪くないですよ。

ほんのちょっとの勇気。


最近わたしのまわりでは、さまざまな変化が起きています。

 

持病持ちの方のメンタルサポートを再開してから、一気にあたらしい出会いが多くなったこと。

そこからあたらしい情報を入ってくるようになったこと。

インタビューやお誘いの話が多くなったこと。

 

数カ月前までただただ仕事の記事を一日中書いていただけの日常から、一気に世界が広がった気がします。

でも、同時に怖いと感じることもたしか。

 

なにか新しい人やことに出会うこと、ワクワクする出来事でもありますが、一方では少し勇気のいること、ストレスのかかることでもあります。

とくに病気になってからは、子供の頃に戻った感覚で、すべての新しいものごとに対して壁を感じるようになってしまいました。

とくに長期入院後は、電車やバスに乗る際でもいままでできていたことなのに、地に足が付いていない感覚で、乗れたときは涙が出るぐらい嬉しかったものです。

 

ステロイド内服で落ち込みや不安が強かったり、病気の症状で失敗なんかしたりすると、どうしても何かを挑戦することに抵抗を感じてしまいます。

わたしもイギリスに来てから数年間は、同じルーティンで誰にも脅かされない安全な生活を維持していました。

でもなんでしょうかね。

どこかでこのままじゃいけない、というしこりのようなモノが心の中にあってそれが気になって仕方がありませんでした。

ずっとこのままの生活をすれば、たしかに安泰に暮らせるのかも。

でも自分の存在意義や価値をどうしても見いだせずにいました。

 

自分が変化を求めていると気づいたとき。

やっぱり人はつねに進化を求めているのだと感じました。

 

今の時点では、治らないとされている病気を持ったとしても、より生きやすくなる術を模索している自分、人ってやっぱりどん欲だなぁと…

 

変化を求めた結果、最近ではブログやSNSでの発信、同じ病気のコミュニティへの参加など、少しずつ安泰の生活から外へ出始めるようになりました。

ずっとやりたかったけど、できなかったこと。

でも案外やってみると、想像よりももっと良いことばかりでした。

ほんとう怖いのは、やる前だけなんですよね。

 

一気に世界を広げるのは怖いけど、少しずつ自分のコンフォートゾーン(安心ゾーン)から出ることで、世界の見え方が変わっていく楽しみを知りました。

病気になるとできないことが増えて守りに入ってしまいがちですが、いまの状態でできる自分の可能性を考えてみるのもいいのではないかとおもいます。

コンフォートゾーンを広げていくことで、病気があってもできることはたくさんある、いまの自分だから気づけたこと、できることもたくさんあると知りました。

 

必要なのは、ほんのちょっとの勇気。

 

これからどんな新しい出会いが待っているのか、楽しみです。

 

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